ユニバーサル映画から憲法25条を思う
今月の8日、パルテノン多摩のオープンススタジオで、平塚千穂子さんの講演と彼女を描いたドキュメンタリー映画の上映に参加しました。
平塚千穂子さんは2016年、北区田端の商店街に日本で唯一のユニバーサルシアターを開設した方です。シアターの名前「チュプキ」とは、アイヌ語で自然の光を意味するそうです。映画は、彼女がユニバーサル映画を製作する過程を描いたものでした。
私たちは、例えば外国の映画を観るときには、言葉の面では字幕が理解を助けてくれます。では言葉以外の音声はどうでしょう。例えばドアを叩く音が激しいのか弱いのかなどです。私たちがそこで得る迫力、緊迫感は、こうした言葉以外の音声情報によります。逆に言えば、それなしに字幕を追うだけでは、その作品を鑑賞したとは言い難いでしょう。
ユニバーサル映画では、手話の人が俳優の一人として演じていたり、視覚障害の人にも臨場感が伝わるように、重層的に言葉を繋いだり、強弱を付けたりしています。
差別解消法でいうところの「合理的配慮」が作品自体になされているというのは目から鱗でした。今まで観てきた映画が、障がいを持つ方を排除していたのでは?とさえ感じました。
平塚さんは、この映画館に障がいのある方が訪れるようになって近くに音声信号機が付いたり、周辺のお店の人も案内に慣れたり、街全体が優しくなったと話していました。
障害者差別解消法改正を受け、今年度から合理的配慮が義務化されましたね。ただ、誰でもトイレや駅のホームドア、道路の点字ブロックといった生活の不自由を減らすことでさえ充分にできてはいません。
映画鑑賞となると、憲法25条「健康で文化的」には程遠いなぁーと感じましたが、平塚さんのシアターや映画が次のチュプキに繋がることに期待したいです。