3期目の阿部市長は、市民を理解し寄り添えているのか

コロナとの闘いも2年目となり、度重なる緊急事態宣言の中、どうにもならない諦めや疲れ、苛立ちの日々を誰もが送っていることでしょう。ワクチンさえ接種出来れば楽しい時には大きな声で笑える…、もう少しの我慢と辛抱…そう思って、じっと自分の番を待っていると思います。高齢者や基礎疾患をお持ちの方、介護現場や保育現場の職員の皆さん、たくさんのエッセンシャルワーカーの方、学生さんなどの若い方などは殊更そうではないでしょうか。そのような状況下での今回の多摩市に関する報道に、落胆を感じた方は少なくなかったと思います。

市長は、週刊朝日の報道を受け、速やかに「ワクチン集団接種会場従事職員の接種に関する報道について」とのコメントを掲載しました。そこには、

・市職員が准医療従事者の位置づけであることは厚労省、東京都の確認済みだ。

・接種したのは医療従事者枠のワクチンであり市民のワクチンではない。

・報道は市民に不安と誤解を招き、誠に遺憾だ。

とありました。「市は間違ったことはしていない」に特化したメッセージは、市民に誤解や不安を与えたのは市ではなく、あくまで週刊朝日だという開き直りを告げただけです。

 

他の議員の方もHPなどで書いていらっしゃいますが、実際は、

・議会にも市民にも優先順位の説明なく職員の優先接種を行った。

・報道で市民は不安、不信を抱くことになり、申し訳ない。

のであり、自らが至らなかった点も、市長はしっかり認識すべきです。

報道では「どさくさまぎれ感がどうにも残る」「特権意識はなかったか?」「いささか市民感情への配慮が欠けていたように思う。」

とありましたが、市民感情からすれば、まさにその通りでしょう。

 

「悪いことをしたわけでもないのに、なぜ、このようは報道をされなければならないのか?」…。分からないとしたら、政治家としての重要な資質を欠いています。一般市民は、待ち焦がれるワクチンの一滴を見ることすら出来ないのです。感染の危険を感じつつ、淡々と介護や保育やお店のレジを打つ日々なのです。

誤解した市民が悪い。誤解させた報道が悪い。そうではないでしょう。ワクチンが届かないのは、確かに国のせいかもしれませんが、そのワクチンの供給の不足からくる市民の感情にどれだけ思いを馳せたのか。馳せることができなかったのか…。その共感力こそが、この有事下の政治家には欠かせないのではないでしょうか。ワクチンに対する平等性、公平性の担保がどれだけなされるかが、今、問われているのです。

それに気付けないのだとしたら、この一年間、一体何を学んできたのか?身内に甘いでは済まない。市民だけでなく職員さえ守れないと思います。

 

前の記事

最終日の報告